東京高等裁判所 昭和59年(ラ)399号 決定 1984年10月30日
抗告人 柿本光司
右代理人弁護士 赤川文彌
同 船崎隆夫
同 高見澤重昭
同 山田秀一
相手方 根岸清春
主文
一 原決定を次のとおり変更する。
原決定添付別紙目録記載の株式二〇〇〇株の買取価格を一株につき一五三円と定める。
二 本件手続費用は第一、二審とも抗告人の負担とする。
理由
一 本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。原決定添付別紙目録記載の株式二〇〇〇株の買取価格の決定を求める。」というにあり、その理由は、別紙抗告理由記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 抗告人の抗告理由一について
抗告人は、ライト印刷株式会社(以下「ライト印刷」という。)の原決定添付別紙目録記載の株式二〇〇〇株(以下「本件株式」という。)の本件売渡請求時である昭和五八年四月二八日における価格を決定するについてはライト印刷が当時配当をしていなかったが、何時でも配当が可能な状態にあることを考慮する必要があるのに、原決定は同会社の右のような配当性向を無視しているから違法である旨主張する。
本件記録によれば、ライト印刷は、昭和二四年一二月二九日印刷等を目的として設立された、資本金一億二〇〇〇万円、発行済株式総数二四〇万株、一株の金額五〇円の株式会社であること、ライト印刷の第三二期ないし第三四期の各期末現在における貸借対照表には、当期利益として、第三二期(昭和五五年一月一日から同年一二月三一日まで)に八三一万五〇一四円、第三三期(昭和五六年一月一日から同年一二月三一日まで)に九〇四万七〇三五円、第三四期(昭和五七年一月一日から同年一二月三一日まで)に六七五万七六〇六円がそれぞれ計上されていること、ライト印刷は、設立以来全く配当を実施していないことが認められる。
右認定事実によれば、ライト印刷は、全く配当を実施していない会社であって、近時業績が好転しているとはいえ、将来における配当の予測が困難であると認めるのが相当である。
したがって、原決定が本件株式の価格の決定についてライト印刷の配当性向を考慮しなかったからといって違法とはいえず、抗告人の右主張は採用することができない。
2 同二について
抗告人は、原決定が本件株式の価格について純資産価格方式により算定するに当たり時価純資産方式をとりライト印刷の資産を時価により評価し直しているが、ライト印刷の保有する柿本商事株式会社(以下「柿本商事」という。)の一万一〇〇〇株の株式についてのみ簿価純資産方式をとり時価により評価し直さなかったことは不当である旨主張する。
本件記録によれば、柿本商事は、資本金二〇〇万円の株式会社であり、本件株式の売渡請求がされた昭和五八年四月二八日からみて最も近い時期である第三五期(昭和五七年一月一日から同年一二月三一日まで)の期末現在における貸借対照表には、繰越利益金として一二七九万九六五九円、当期欠損金として二〇万四五三一円がそれぞれ計上されていることが認められる。
右認定事実によれば、柿本商事は、昭和五七年一二月三一日当時繰越利益金はあるが、その業績は必ずしも良好であったとはいえないと認めるのが相当である。
したがって、原決定がライト印刷の保有する柿本商事の株式の時価について簿価純資産方式により評価したからといって不当とはいえず、抗告人の右主張は採用することができない。
3 同三について
抗告人は、原決定が本件株式の価格について純資産価格方式及び類似業種比準方式を併用して算定しているが、右両方式を併用する理由を明らかにせず、また、類似業種比準方式による算定をするに当たりライト印刷が前記のとおり配当が可能な状態であったのに配当額を零としたものを基準の一つとすることは不当であり、かつ、その指定係数として国税庁の通達の定める七〇パーセントを用いることは不当であり八五パーセントが相当である旨主張する。
原決定の理由によれば、本件株式の価格の算定について右両方式を併用する理由としてライト印刷の資本金、資産額、負債額、抗告人が本件株式の価格の決定を求める動機等について述べ、これらの事情によれば右両方式を併用するのが相当であるとしていることが明らかであるから、その理由の記載を欠き、又はその理由が不明であるとはいえない。そして、株式の評価基準として従来一般に採用されている方式のうち、純資産価格方式は会社の純資産を基準とする方式であり、類似業種比準方式は類似業種の平均株価を基準とする方式であるところ、本件株式の価格の算定については、ライト印刷が前記のとおり事業の継続をする会社であるから、単純に純資産価格方式によることは相当ではなく、この方式のほかに類似業種の株価を比較の対象とする類似業種比準方式を複合して適用するのが相当である。
また、ライト印刷が従来全く配当を実施せず、また、将来における配当の予測も困難であることは前記認定のとおりであるから、本件株式の価格の算定に当たり類似業種比準方式における配当額を零としたものを基準の一つとすることが不当であるとはいえない。
更に、類似業種比準方式による株式の価格の決定については、特段の事情の認められない限り、国税庁長官昭和三九年四月二五日付直資五六・直審(資)一七「相続税財産評価に関する基本通達」、昭和四七年六月二〇日付直資三・直審(資)一六「相続税財産評価に関する基本通達の一部を改正する通達」に基づいて行うのが相当であり、右通達の計算式における指定係数七〇パーセントは、係数化の困難性と市場性の欠如による減価であって、適当であると認められる。本件において右指定係数七〇パーセントを八五パーセントと変更すべき特段の事情は認められない。
したがって、抗告人の右主張は採用することができない。
4 同四について
抗告人は、先に本件株式の買受希望者に対し将来本件株式を代金は一株について五〇〇円として売渡す旨の売買の予約を締結したから、本件株式の価格の決定について右代金額を考慮すべきである旨主張する。
本件記録によれば、ライト印刷の発行株式は取引所に上場されていないことが認められるから、その株式の価格の決定については取引市場における需要供給の関係を考慮することができない。
したがって、本件株式について抗告人主張のような取引事例があったとしても、これは偶然の事例に当たり、これをもって本件株式の価格の算定について考慮するのは相当でなく、抗告人の右主張は採用することができない。
5 同五について
(一) 抗告人は、原決定が本件株式について純資産価格方式による価格の算定に当たり建物の簿価を一億八〇五一万一七九〇円としたのは六七七九万円の誤りである旨主張する。
本件記録によれば、本件株式の売渡請求がされた昭和五八年四月二八日からみて最も近い時期の株主総会において承認されたライト印刷の第三四期の期末現在における貸借対照表には、建物の簿価として六七七九万〇一三九円が計上されているが、右金額は、建物の本来の簿価一億八〇五一万一七九〇円から建物減価償却引当金一億一二七二万一六五一円を控除した金額であることが認められる。
ところで、右減価償却引当金は、将来資産について生ずべき損失に備えるためのものであり、税法上その繰入額を損金に算入することが認められることがあるとしても、損失発生の確実性に欠け、会計原則上その実質は利益留保の性質を有するものであるから、これを消極財産の一部と解し、建物の簿価から控除するのは、譲渡制限のある株式を有する株主の投下資本の回収を保護しようとする商法二〇四条の三の法意に照らし正当でない。
したがって、右建物の簿価は、右建物減価償却引当金を控除しない一億八〇五一万一七九〇円というべきであるから、抗告人の右主張は採用することができない。
(二) 抗告人は、原決定が本件株式について類似業種比準方式による価格の算定をするに当たり本件株式一株当たりの純資産価額()を七六円としたのは八五円の誤りである旨主張する。
本件記録によれば、ライト印刷の前記第三四期決算貸借対照表には、資産の部の合計金額として二三億四六五一万四一三一円、負債の部の合計金額として二一億四一六三万三三一四円がそれぞれ計上されていることが認められる。
右認定事実によれば、右資金の部合計金額から右負債の部合計金額を控除した額(純資産額)二億〇四八八万〇八一七円を基準とし、これをライト印刷の発行済株式総数二四〇万株で除した八五円(円未満切捨)が本件株式一株当たりの純資産価額()であることが認められる。したがって、抗告人の右主張は理由がある。
そこで、原決定添付計算書二における類似業種比準方式による算式のの七六円を八五円と改めて本件株式の価格を計算すれば、四一円(円未満切捨)となる。
6 そうすると、本件株式の価格は、純資産価格方式による価格二六六円と類似業種比準方式による価格四一円の平均値である一五三円(円未満切捨)とするのが相当である。
よって、原決定中右と異なる部分は不当であり、本件抗告はその限度で理由があるから、原決定を変更し、本件株式二〇〇〇株の買取価格を一株につき一五三円と定め、本件手続費用は第一、二審とも抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 佐藤榮一 石井宏治)
<以下省略>